「ただのファン活動」では終わらない
ある日、それまで観光客の少なかった地方の駅前に、見慣れない若者たちがカメラを構えて集まりはじめる。彼らが撮っているのは、絶景でも名所でもない。一見なんの変哲もない踏切や、商店街の一角、神社の鳥居だ。
これが「聖地巡礼」――アニメやマンガ、映画の舞台になった実在の場所を、ファンが訪ね歩く行為である。もともとは宗教的に重要な土地へ赴くことを指す言葉だったが、日本ではすっかりコンテンツ文化の言葉として定着した。2016年公開の映画『君の名は。』が大ヒットした際には、「聖地巡礼」がその年の新語・流行語大賞のトップテンに選ばれている。
そして近年、この現象はファンの趣味の枠を超え、地域経済を動かす一大エンジンとして注目されるようになった。本記事では、聖地巡礼がどのようにお金を生み、地域に何をもたらすのか、具体的な数字とともに見ていきたい。
なぜお金が落ちるのか ―― 経済効果のメカニズム
聖地巡礼の経済効果は、ひとつの財布から出るのではなく、複数の消費が積み重なって生まれる。訪問者が現地でお金を使う流れを分解すると、おおむね次のようになる。
- 交通費:電車・バス・ガソリン代。遠方からの来訪が多いほど膨らむ。
- 宿泊費:一泊以上する巡礼者は、ホテルや旅館に直接お金を落とす。
- 飲食費:地元の食堂やカフェ、作品に登場した名物グルメなど。
- 物販・お土産:地域の特産品に加え、巡礼者向けに開発されたグッズ。
- イベント参加費:聖地で開催されるコラボイベントや限定企画。
重要なのは、これらの支出が地元の商店・宿・交通機関といった「地域の事業者」に直接入る点だ。大手チェーンを経由せず地元に還元されやすいため、地域経済への波及効果(地元での再消費による連鎖)が大きくなりやすい。野村総合研究所が大洗町で行った調査でも、経済効果は小売・飲食宿泊・公共交通といった複数分野に分散して発生していることが確認されている。
数字で見る成功事例
抽象論ではピンと来ないので、実際にどれほどの効果が出たのか、代表的なケースを挙げてみよう。
らき☆すた × 埼玉県久喜市鷲宮 ―― 10年で約31億円
聖地巡礼ブームの“火付け役”とされるのが、2007年放送のアニメ『らき☆すた』だ。舞台となった埼玉県久喜市の鷲宮神社には、放送終了から十数年が経った今もファンが絶えない。日本政策投資銀行が2017年に行った調査によれば、『らき☆すた』が久喜市などにもたらした経済効果は、放送開始からの10年間で約31億円にのぼるという。
この町の成功は「地元が動いた」点に尽きる。商工会が中心となってファンの声を聞きながら絵馬型ストラップなどの土産品を開発し、キャラクターの誕生日にはイベントを開催。住民とファンが一緒になって聖地を育てていったことが、長期的な集客につながった。
ガールズ&パンツァー × 茨城県大洗町 ―― 年間7億円超
女子高生と戦車という異色の組み合わせで知られる『ガールズ&パンツァー(ガルパン)』。その舞台、茨城県大洗町は、もともと海水浴場として有名だったが、2012年のアニメ放送を機に巡礼の聖地へと変貌した。
野村総合研究所の調査では、2014年の経済効果は約7.21億円(小売2.08億円、飲食・宿泊3.47億円、公共交通1.65億円)と試算された。放送開始から10年以上経った今でも、年間15万人を超える巡礼者が訪れ、年間7億円規模の効果を生み続けているとされる。
象徴的なのが、地元の祭り「あんこう祭」だ。商工会がガルパン関連イベントを併催したところ、例年3万人程度だった来場者が一気に倍増したという。アニメが既存の地域資源とかけ合わさることで、相乗効果が生まれた好例といえる。
君の名は。 × 岐阜県 ―― 波及効果230億円規模
社会現象級のヒットとなった『君の名は。』では、ヒロインが暮らす町のモデルとなった岐阜県飛騨地方が脚光を浴びた。飛騨古川駅や気多若宮神社など、映画と同じ風景を求めて全国からファンが押し寄せた。
ある調査では、『君の名は。』を含む岐阜県が舞台の複数のアニメ映画作品による経済波及効果は、230億円規模にのぼると試算されている。一作品の影響が、ひとつの県の観光地図を塗り替えるほどのインパクトを持ちうることを示している。
なぜ聖地巡礼は「効率のいい町おこし」なのか
数十億円規模の効果を生む聖地巡礼だが、その魅力は金額の大きさだけではない。地域振興の手法として、いくつもの優れた特性を持っている。
リピート性と熱量:聖地巡礼を支えるのは「推し活」の文化だ。好きな作品やキャラクターのためなら、ファンは何度でも足を運び、惜しまずお金を使う。一度きりの観光客より単価も訪問頻度も高くなりやすい。
SNSによる無料の拡散:巡礼の様子はSNSで共有され、それを見た別のファンが新たに訪れる。広告費をかけずに認知が広がっていく仕組みが、自然に回り続ける。
持続性:話題のスポットは一過性に終わりがちだが、根強い人気作の聖地は放送終了後も長く巡礼者を集める。鷲宮神社のように、十数年単位で効果が続くケースも珍しくない。
低コストで始められる:作品の舞台になること自体は地域の負担を伴わない。既存の風景や施設がそのまま観光資源になるため、巨額のハコモノ投資を必要としない。
インバウンドとクールジャパン ―― 海外へ広がる聖地
近年とりわけ注目されているのが、海外からの巡礼者だ。日本のアニメは世界中にファンを持ち、彼らにとって作品の舞台を訪れることは特別な体験になる。インバウンド需要が回復・拡大するなか、聖地巡礼は訪日旅行の有力な動機のひとつとなっている。
政府の「新たなクールジャパン戦略」でも、アニメをはじめとするコンテンツ産業は基幹産業として位置づけられている。海外で作品が広がれば、関連商品の輸出に加えて、ファンが日本を訪れる「聖地巡礼インバウンド」という形でも外貨を呼び込める。日本のコンテンツ輸出が今後も伸びれば、デジタル分野の国際収支を補う存在にもなりうると期待されている。
光があれば影もある ―― オーバーツーリズムという課題
もっとも、聖地巡礼は良いことばかりではない。来訪者が一気に増えれば、地域には負荷もかかる。
たとえば『スラムダンク』の聖地として知られる神奈川県鎌倉市の踏切。海外ファンも含めた撮影者が殺到し、車道での撮影や私有地への立ち入りなどが問題となり、「オーバーツーリズム」の象徴的な事例として報じられた。住民の生活や安全が脅かされれば、せっかくの好意的な空気も一転して反発に変わりかねない。
また、ブームには波がある。放送が終われば熱が冷め、巡礼者が激減する作品も多い。一過性の盛り上がりに合わせて過剰な設備投資をしてしまえば、ブーム後に重い負担だけが残る。
聖地巡礼を持続的な力に変えるには、こうした影の部分とどう向き合うかが問われる。
成功する聖地に共通すること
数々の事例を見比べると、長く愛される聖地にはいくつかの共通点が浮かび上がってくる。
第一に、地元が主体的に動いていること。行政やファン任せにせず、商店会や住民が当事者として関わっている地域ほど、効果が長続きしている。第二に、ファンを“お客様”ではなく“仲間”として迎えていること。マナーを押しつけるのではなく、ファンの声を聞いて一緒に聖地を育てる姿勢が、巡礼者の愛着を深める。第三に、地域固有の資源と掛け合わせていること。大洗のあんこう祭のように、もともとの強みとアニメが結びついたとき、効果は最大化する。
そして何より、住民・ファン・権利者の三者が「無理なく続けられる」関係を築けるかどうか。聖地巡礼は、一発の花火ではなく、長く灯し続ける火として育てたときに本当の価値を発揮する。
おわりに
アニメの一場面に映り込んだ、ありふれた風景。それがファンにとっては「聖地」となり、町に人を呼び、お金を動かし、ときに地域の運命さえ変えていく。聖地巡礼の経済効果とは、フィクションへの愛が現実の経済を動かすという、なんとも現代的な現象だ。
数十億円という数字の裏には、作品を愛するファンの足取りと、それを温かく迎える地域の工夫がある。これからも新たな名作が生まれるたびに、日本のどこかで、新しい「聖地」がそっと産声を上げていくのだろう。
出典・参考リンク
- 新語・流行語大賞2016「聖地巡礼」トップテン入り(nippon.com):https://www.nippon.com/ja/features/c03802/
- 『らき☆すた』久喜市の経済効果 約31億円/日本政策投資銀行調査(ニュースイッチ・日刊工業新聞):https://newswitch.jp/p/38220
- 『ガールズ&パンツァー』大洗町の経済効果 約7.21億円/野村総合研究所調査(日経BP):https://project.nikkeibp.co.jp/hitomachi/atcl/feature/00025/
- 大洗町の現在の巡礼者数・経済効果(聖地巡礼ギルド):https://libert.co.jp/pilgrimage-guild/girls-und-panzer-pilgrimage/
- 『君の名は。』など岐阜県の経済波及効果 230億円規模(studio DOT):https://studiodot.co.jp/aurochs/20231124_319/
- 鎌倉「スラムダンクの踏切」のオーバーツーリズム(めざましmedia/FNN):https://mezamashi.media/articles/-/197986

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